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源氏物語画帖「梅枝」(土佐光則)

香道への招待


香道とは?

香道とは、文字どおり香りを楽しむことを基本とした芸道で、茶道や華道と同じく、動作の中に精神的な落ち着きを求める日本古来の芸道です。その歴史は茶道や華道と同じく室町時代にまで遡りますが、香木を焚いて香を楽しむことは、聖徳太子の飛鳥時代からといわれています。宗教的な側面も大きかったでしょうが、何より「良い香りを楽しむ」という、人間の快楽を満足させるものであったでしょう。
今日、「アロマテラピー」といって、植物から抽出した油成分(エッセンシャルオイル)を温めて香りをたたせ、その香気を吸入することで、さまざまな医療効果を得ることが注目されていますが、香道は日本古来の「ジャパニーズ・アロマテラピー」とも言えるでしょう。
世界中を見ても「香り」を芸術にまで昇華させ、精神性を追求する芸道は他に例を見ないものです。

御家流香道とは?

香道には現在、御家流と志野流の二流派があります。
共に発祥は室町時代の三條西実隆公ですが、途中から二つの流派に分かれました。
非常に大まかに説明しますと、御家流は貴族、公家の流派、志野流は武家の流派といえます。
双方共に、礼儀作法やお点前の作法は定められ、情操を目指していますが、
御家流:基本は「香りと雰囲気を楽しむ」こと。風雅な遊びで心の余裕を得ることを目的とする。
志野流:基本は「精神修養」。形の完成を通して心の鍛練を図ることを目的とする。
と言えるのではないでしょうか。雑駁な言い方をすれば前者は「はんなりとしたやわらかさ」、後者は「簡素な中にある厳しさ」が特徴です。香道具でも前者は蒔絵の美しい漆器、後者は桑製の木地、といったように、最終目的は同じとしても、作法や心構えには多くの相違点があります。

線香とは違うの?お香の種類は?

香そのものに火をつける線香などとの一番の違いは、「間接熱で、煙を出さずに香り成分だけを立ち昇らせる」ことです。線香タイプですと、どうしても煙い「線香臭さ」が出てしまいますが、間接熱ですと煙くはなく、良い香りだけを楽しむことができます。
「お香」には線香以外に「練香」があります。これは直径1センチぐらいの「正露丸の大きいの」のようのもので、香木の粉末と蜂蜜、木炭を練り固めたもので、平安時代から存在し、「梅花」「荷葉」「菊花」「落葉」「侍従」「黒方」(以上「六種薫物(むくさのたきもの)」といった処方の違いによる種類があります。当初の目的は香りを楽しむ以外に、悪臭防止や衣類の防虫といった面もあったようです。今日では茶道(抹茶)で用いられます。
香道で使う「お香」は、線香でも練香でもなく、香木そのものを小さく刻んだものです。
これで雑味のない、香木本来の香りを楽しむことができるのです。

香木とは?

香木は東南アジアの島々で採取される、数千年前の埋もれ木です。沈丁花の仲間の木で、香の成分を含んでいます。現在生産されるものでなく、また天然のものなので、資源に限りある貴重なものです。
現在、御家流香道では香木を、その香気(含有樹脂の質と量)の違いで7種類に分類しています。

記号 木所 五味 六国列香之弁 主産地
伽羅(きゃら) 宮人のごとし インド
羅国(らこく) 武士のごとし タイ
真南蛮(まなばん) 百姓のごとし マナバール
真那伽(まなか) 女の恨みたるがごとし マラッカ
花一 佐曾羅(さそら) しおはゆい 僧のごとし サソリー島
花二 寸聞多羅(すもたら) 地下人の衣冠を着たるがごとし スマトラ
花三 新伽羅(しんきゃら) インド

ただし「新伽羅」は古い資料には見られず、これを除いた6種を「六国列香」と呼んでいます。
この6〜7種類の香木の形や色、由来などから、それぞれの香木に「香銘」が付けられていて、これをもとに「組香」が成立します。例えば「ほのか」「蝶の夢」「緑」という香銘の3種の香木を組み合わせて、源氏物語にちなんだ「若紫香」という組香が成立し、香席が開かれるのです。
組香の実際は、次ページを参照してください。

香の効用

香の効用は、何と言っても良い香りをかいで、良い気持ちになるという嗅覚上の楽しみです。しかし香木の香気は化学合成品と違い、精神的な落ち着きや病気の予防のような漢方薬的な効用もあります。確かに香席に出ると、多少の頭痛や風邪気味などは解消してしまいますし、イライラや不安の解消にも確実に効果があるようです。
昔の人たちはこうした香の効用を「香の十徳」と称しました。
鬼神を感挌し、身心を清浄にし、よく汚わい(汚れ、毒気)を除き、よく睡眠を覚まし、静中友となり(独居の友となり)、
塵裏間(忙中の閑)を愉み、多くして厭はず、寡くして足れりとなす、久しく蔵して朽ちず、常に用いて障りなし
つまり精神的に落ち着き、円満な人格を形成するのに役立つというのです。現在の香道もこれと同じ目的、効用を目指していることは特筆に価することでしょう。

香道はなぜポピュラーにならないの?

茶道や華道と同じ時期に発祥した香道が、なぜ前二者ほどポピュラーになっていないのか、と言いますと、これは自らポピュラーになる道を選ばなかったことがあるでしょう。多くの弟子や門人を受け入れなかったのです。その理由はさまざまですが、まず第一に言えることは、需要が増加した場合に香木の供給が追いつかない、ということが挙げられます。
毎年新茶の生まれる「茶道」や、四季折々に咲く花を用いる「華道」と違い、香道で使う「香木」は数千年前の埋もれ木、つまり「化石」の一歩手前のものですから、現在大量生産できるものではなく、採取し尽くしたら、もうおしまいです。そこに香道がポピュラーの道を選ばなかった最大の理由があるでしょう。

香道を習いたいときは?

香道はポピュラーでない芸道ですので、茶道や華道のように、どこでも教室があったり先生がいらっしゃるわけではありません。香道を本格的に習ってみたいと思った場合は、まず地元のカルチャーセンターに片端から聞いてみることが先決です。これですぐに見つかれば問題ないのですが、見当たらない場合は香を扱っている店、仏壇店などに問い合わせてみてください。案外近くに教室があったりすることがあります。お稽古では着物を着る必要はありませんが、正座に慣れる必要はあります。
お教室によりますが、御家流香道では最初の1年は香を聞くことに専念し、次の1年は執筆と灰点前のお稽古、次の1年は香元点前のお稽古、さらに1年総合的にお稽古し、トータル4年間を経て「初伝」の御許状を頂戴するのが一般的なようです。最初の免状を戴くまでの期間の長さは茶道・華道の比ではありません。師範格の「皆伝」は15年、「奥伝」ともなると25〜30年以上の修練期間を必要とされると言われています。お手軽に免状や看板が欲しい人向きでないことは確かで、本当に香を楽しみたい方だけを迎えたいという考えの表われだと思います。これも上記のポピュラーにならない理由の一つとも言えるでしょう。

香席に招かれたら?

お茶会などと違って、普通は香席に招かれるということはあまりないでしょうが、次ページでご紹介する一般向け体験香席なども最近開催されるようになりました。これに出席するときの心得としては、次のようになると思います。
衣服は礼を失しない程度のもの、洋服でも構いません。できれば白ソックスを履いてください。ブレスレットなどのアクセサリーははずしておきましょう。持参するものは古袱紗(裏千家)、筆ペンだけで十分です。
礼儀作法は常識的に考えて非礼でなければどのような形でも構いません。お茶の礼儀をわきまえていれば何の心配も要りません。基本的には正座ですが、本香を聞くときは「どうぞご安座に」と言われて膝を崩すことも許されています。すべては常識に従えば良いので、「礼儀作法がわからないから・・・」と尻込みすることなくご出席していただけると思います。
香席の客としての約束事は次のように定められています。
1、香水を使わないこと。革製品の装身具は匂うので避けること。2、着席順は礼儀にかなったようにすること。3、時間に遅れないこと。4、香が終わるまで私語、中座しないこと。5、安座で構わないが時と場合を考えること。6、暑くても扇子を使ったり、戸を開け放ったりしないこと。7、香木や点前の批判はしないこと。8、香炉は丁寧に扱い、香木を落としたりしないように気を付けること。9、香炉は右手でとって左手に乗せ、反時計まわりに聞き口を手前に向ける。右手でこんもりと香炉を覆い、香炉を水平にしてしっかりと聞く。聞くときは三息にすること。10、聞き直したり、適当に聞くことはしないこと。11、他の流儀を身につけていても、この席の流儀を尊重すること。
香を楽しむためには当たり前のことばかりです。堅く構えずに心豊かに円満な気持ちで参加すれば十分です。ぜひ積極的にご参加いただければ、と思います。一般向け香席が開催されるときは、このHPでもご案内いたします。

香道に関する本は?

つい先年までは香道に関する一般向けな本はほとんど無い状態でしたが、最近になって関心が高まったのか、次々と本が出版されるようになりました。お勧めしたいのは次の本です。

「香と香道」香道文化研究会編(雄山閣出版)
香の歴史、効用、香道の流派、香の点前、楽しみ方などについて、偏りのないわかりやすい文章で綴られています。もっともわかりやすい、しかもなかなか奥が深い良書でしょう。
「香道入門」淡交ムック(淡交社)
豊富なカラーグラビアで、美しい香道具や香木、さまざまな香にまつわる事物をビジュアルに楽しむことができます。御家流・志野流、双方の宗家・家元インタビューも載っており、味わい深いお話しを誌上で体験でいきます。香道教室の一覧表も載っています。

手軽に香りを楽しむには?

お線香のような煙や臭いはいやで、手軽に「お香」を楽しみたい方には、「練香」を御勧めします。鳩居堂などで売っている練香(大きな正露丸のような、湿り気のあるもの)を、市販のアロマポットの上部、水をヒタヒタに入れた中に2〜3粒投入し、加熱します。すると湯気と共に香気が馥郁(ふくいく)と漂います。煙も線香臭もありません。とても雅やかな室内に大変身します。まず、こんなところからスタートしてみてください。「香」の世界にのめりこんでしまいますよ、きっと。
鳩居堂は言うまでもなく日本の代表的な香の老舗です。宮中で香をつかさどっていた三条家から譲り受けた処方に従い、各種の香を扱っています。現在も宮中へお納めしています。東京近辺では銀座、新宿(京王デパート内)、横浜(東口地下街)に店舗があります。一番手軽な練香「梅が香」でも十分香気が楽しめることでしょう。


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