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公家の礼法

装束着用時の挙措振る舞いなど

はじめに 
武家の礼法は小笠原流をはじめ、伊勢流、今川流などさまざまな体系化がなされていますが、公家の場合は形式化された宮中での儀礼を除いて、割合と自由闊達なところがあります。宮中行事の規則や故実に関しては、平安初期の「西宮記」、中期の「北山抄」、末期の「江家次第」をはじめ、数多くの有職書があります。また家々の口伝をまとめた故実書(たとえば一條兼良の「桃華蘂葉」など)がますが、公家の各家が皆これを一律に守っているようなものではなく、皆暗黙の了解として当然の儀礼を形作っていたと言えるでしょう。特に自邸内では、かなり自由に振る舞ったようです。ですから、ここでは某公家の内々に口伝として継承された礼法を紹介するに過ぎないことをまずお断りしておきます。
 なお、体系的に故実書で勉強されたい方に最適と思われるのは、
三条実冬(1354-1411)の「作法故実」(『群書類従』巻百・公事部)です。源氏・藤家・九条流の相違などについても詳しく述べられています。

坐法

 装束を着用しての座り方です。

楽坐(らくざ)
装束を着用しての坐法の基本となるものです。あぐらをかくように座りますが、足を組まずに足の裏と裏を密着させるように座ります。膝が左右に張って非常に威儀を感じさせるものです。古い貴人の肖像画などをご覧になれば、まずこの坐法によっているものとわかるでしょう。慣れないと内股の筋肉が痛くなりますが、慣れてしまえば苦になりません。
安坐(あんざ)
いわゆる普通のあぐらです。楽座の便法として行われますが、この際に気を付けるべきことは足の組み方の左右で、足が外側に来るのは下位に向けてです。つまり貴人が右においでの場合(下図)は、右足を外にして組むことで、表に見える足先が右でなく左に向くようにします。安坐は便法ですのでできるだけまたを開き気味にして、楽坐に近い形に見せることが望まれます。
正坐(せいざ)
意外なことですが、装束を着用した場合はあまり正坐をしません。元来、中国から伝わった装束は椅子に座ることを前提としており、正坐では装束の威儀が整わないのです(特に袍を着用時は非常に見栄えが悪くなるものです)。ただし貴人の前に伺候する場合、近世では正坐を行います。また家庭内ではこの坐法を用いていました。手は親指を中指内側の第2関節に当て、手のひらを伏せる形で下腹につけます。腿の上にかぶせる形はごく内々の場合にのみ行われる形です。
亀居(ききょ・かめい)
正座の状態から足を左右にはずしてお尻を床に着けた坐法。いわゆる「おばあちゃん座り」。亀のように足が左右に出ることからの名称です。平安時代から用いられ、除目の時など重要な儀式でも用いられました。
蹲踞(そんきょ)
敬礼する際の坐法です。足を自然に開いた形でそのまま膝を折って腰を下ろしてうずくまります。この際注意しなければならないのは、決して踵をあげてはいけないことです。足を完全に床に密着させるわけです。剣道で礼をするときの蹲踞とは違うもので、表現は卑近ですが「和式トイレ」の座り方です。
跪居(ききょ)
物の受け渡しを行うときの坐法です。正坐のつま先を立てて両膝を床に着け、踵の上にお尻を乗せます。この姿勢からさまざまな動きに発展するため、重要な挙措動作です。
建膝(たてひざ)
左足を建て膝にして、右足は正坐状態にします。古代から伝わる坐法で、特に女子が貴人の前に伺候する際の基本的な坐法とされていました。配膳や酌をする際は右利きの便を図って足を左右逆にします。男子の場合は貴人から受命する際の姿とされていたようです。
胡床坐居(こしょうざきょ)
椅子に座る坐法です。装束は本来椅子に座ることを前提としたものでしたので、これが最も無理のない坐法です。姿勢を正して両足はやや開き(膝の間に握り拳二つ)、左右の足を平行にします。手の置き方は正坐と同じです。と言うよりも正坐がこちらの形式を応用したのでしょう。
楽坐 安坐 跪居 建膝

席次

 最高位の貴人を上座正面に置くことは通常の礼儀と同じです。これに列席する者の席次は、貴人から見て左直近が第一順位、右直近が第二順位、続いて左次近、右次近、以下遠くなるに従ってランクが下がってきます。基本としては貴人に近い方が上位、貴人から見て右よりも左が上位、と言うことになります。なお貴人の真正面(正中)は通常の場合あけておきます。左右二列(計四列)以上になる大会合の場合の席次はまた別の礼法がありますが、滅多にないことなので省略します。

着坐(座り方)

 楽坐への座り方には特別な礼式はなく、威儀を正したまま自然に股を左右に開く形でお尻を降ろします。この際に前屈みにはなっても背中を丸めるのはあまりよろしくありません。
 安坐への座り方では左足を軽く引き、腰を落として左膝を突き右脚を建膝にしてから着坐します。
 正坐への座り方は、まず両膝を折ってしゃがみ、上座側の膝を床についてから下座側の膝をつき、跪居(ききょ)の姿勢になってからお尻を脚に上に降ろします。神拝の場合には別の礼法があるそうですが、ここでは割愛します。

総員一斉の着坐
 全員が貴人に礼をつくしながら一斉に着坐する場合は、まず貴人の方を向き、次に下座側の足を引いて正面に向き直り、着坐します。

起坐(立ち上がり方)

 楽坐からの立ち上がりにも着座同様特に定めはないようですが、利き足である右脚を立て膝にしてから、おもむろに立ち上がれば良いようです。ただし貴人がいる場合には、下座側の脚を立て膝にします。着座同様に背中を丸めないようにしましょう。注意する点は左右の足を接近させ過ぎないことで、自然に開く程度の足の間隔を保ちます。
 正坐からの立ち上がりは、跪居の姿勢をとってから下位側の膝を上げ、立ち上がりながら上位側の足を下位側と平行に並べます。
 起坐の場合、どうしても「脚を投げ出す」ようなことになりがちです。比較的自由の多い公家礼法であっても、そうした不作法は決しておこなってはいけないのは当然のことです。

直立姿勢

 威儀を正す場合は取り流した袖を手で挟み、肘を張ります。足は自然に開くようにし、「気を付け」のように足を密着させることはありません。特に威儀を正す場面でないときは、あまり気にすることもなく、通常の礼儀をわきまえていれば十分です。
 女子の袿袴(道中着姿は除く)の場合、袿の前の打ち合わせは下端が自然に重なるか、あるいは開いたままとします。一般の着物のように打ち合わせようとすると見栄えが悪くなり、また挙措振舞もぎごちなくなってしまいます。

歩行

 姿勢を正して下位側の足から出発します。目線の位置は二十尺前などと言われますが、通常の場合は特に気にする必要はありません。足はわずかな摺り足で歩行しますが、茶道で用いられるほどには摺りません。踵はあまりあげないようにしたほうが良いでしょう。それにはあまり膝を曲げないことがコツです。男子は直進で良いのですが、女子の場合は身体の中心線の延長を足付けのめどにして、片脚づつ緩く円を描くように足を運ぶと、袿のさばきが美しくなります。
 歩行のスピードは「緩歩」(一呼吸に一歩)、「平歩」(一呼吸に二歩)、「急歩」(一呼吸に四歩)などがありますが、通常は平歩です。これ以外に「練歩」というものがあり、宮中儀礼の際に用いられます。肘を張り、踵は常に地面につけたまま、ゆっくりゆっくりと歩きます。片脚を進めるのに三呼吸と言われるほどののんびりとしたスピードです。私たちは「平歩」のスピードをおぼえておけば十分でしょう。女子は袿の捌きがありますので「緩歩」程度が適当と思われます。目的地までの歩数は奇数と考えて下さい。公家はあらゆることで奇数を尊びます。
 貴人の前から退出するときに、背中を向けて歩行することを「退歩」と言います。特別なルールはありませんが、この際には途中で立ち止まることは失礼とされます。

序列歩行(前導・供奉)
貴人の前導をする際には、左前の位置を進みます。供奉(付き従うこと)の際には左後ろを進みます。

膝行(しっこう)

 貴人の前に進む場合、礼を重んじる目的で数歩手前で一度着座し、膝付きで進みます。これを膝行と言います。女子の場合は室内ではあまり立って歩行せずに膝行が基本になります。膝行の礼式は複雑でなかなか説明がしにくいものですから概略だけ記します。ひとつの大きな誤解は「膝行」という文字から、膝を常時床に着けて、摺って進むと勘違いされることです。これではあっという間に袴の膝が抜けてしまいます。膝行は決して「すり膝」ではないことをまず理解して下さい。
 基本は跪居の姿勢をとり、下位側の足を少し(上位側の足の腿の中程まで)前進させて膝を突きます。身体は少し斜め(上位側向き)になります。続いて上位側の足を前進させて膝を突きます。身体は先ほどと反対方向に斜めになります。これを交互に繰り返すのですが、ポイントとしては決して片脚の爪先をもう一方の足の膝より前に出さないことです。見栄えも悪く礼を失します。移動の最中、手は軽く拳を握り、ずっと腰前に当てておきます。
 貴人の前に近づくにつれて足の進める距離を短くし、遠ざかるにつれて距離を大きく取りますが、膝より前に爪先を進めることはしてはなりません。

敬礼

 挨拶の礼です。「拝(はい)」「平伏(へいふく)」「磬折(けいせつ)」「深揖(ゆう)」「小揖」などの区別があります。座礼(座敷に座って行う動作)・立礼(立ったまま行う動作)の区別、腰を曲げる角度によって名称が分けられています。このなかで「揖」は礼儀としての挨拶ではなく、動作を区切り、始めたり終えたりする合図のような意味合いを持ちます。

90度 60度 45度 15度
座礼 深い平伏 浅い平伏 深揖 小揖
立礼 深い磬折 浅い磬折

 浅い磬折と深揖の外見的違いとしては、磬折の場合は手を太股のあたりに置くのに対して、深揖は腹の上で両手を重ねることです。中国風のイメージがあります。
 笏などを手にしているときには、敬礼の場合は両手で体の中央持って敬意を表します。これを「正笏」と呼びます。頭を下げている時間は「拝」「平伏」で三呼吸、「揖」は一呼吸と言われています。

故実の揖(ゆう)

現代の神職が行っているものと違い、頭を下げずに
目は相手を見たまま腰だけ折ります。
現代では「会釈」程度の扱いですが、平安時代には
もっと多用な意味を持った動作でした。

 楽坐の場合には笏があれば同じように両手で中央に持ち(正笏)、頭を下げますが、何も持っていない場合は両手を腿の上にあてて頭を下げます。女子の場合の衵扇の持ち方は通常の通りです。いずれにせよ一般(武家)の礼のように畳に手をつくことは通常の場合しませんので注意して下さい。

その他

御簾のくぐり方
 誰かが御簾を上げている場合は頭を軽く下げて左端からくぐります。左というのは中から見て下座にあたるわけです。自分で御簾を上げてくぐる場合は左手で巻き上げます。

階段の上がり方
 御簾同様に左端を上ります。下位側である左足から上り始め、男子はまっすぐに足を置き、女子は少し右側斜めに向けて足を置きます。続いて右足を上げ、少し右斜めに向けて置きます。つまり男子は左右の爪先が違う方向になり、女子は同じ方向を向くことになります。いずれにしても身体はやや右側斜めを向きます。この動作を繰り返して一歩ずつ昇段します。普通一般のように片脚ごとに交互に階段を上ることは、決してしないようにしましょう。

把笏(はじゃく)
 笏は束帯のときと神拝のときにのみ用いられるので、私たちが用いることはほとんどありません。笏の持ち方を把笏と言いますが、必ず右手に持ち、笏の下部、下に指が一本入るだけあけて持ちます。親指と小指を内側にして、ほかの三本の指を外側にして真っ直ぐ傾けずに持ちます。笏を両手で持つのは神拝のときや宮中儀礼の場合だけです。

桧扇・蝙蝠(かわほり)扇の持ち方
 男子は右手で要を握り込むように持ちます。威儀を正す場合は必ず扇の先が要よりも下になるように、斜めに持ちます。笏を持つように先端が上になってはいけません。ただしこれは威儀を正す場合だけで、その他の場合はあまり気にする必要はありません。「故実作法」では「檜扇はごく自然に持っているように持つ」としています。なお桧扇は笏が変化したものとも言われておりますから、これを扇子のように扇いで使うことはしません。夏の蝙蝠扇は冷却用として使用して差し支えありません。蝙蝠扇の骨は武家は黒塗り、公家は白木とされていますが、この区別は厳密ではないようです。狩衣の場合は中啓と呼ばれる、閉じた状態でも先が広がった独特の形の扇を持つこともあります。狩衣で中啓を持つ場合は先端が要よりも上になる位置で持つこともあるようです。
 女子の場合、特に顔を覆うような場合を除いて桧扇(衵扇・あこめおうぎ)は開かず、六色糸をくるくると扇に巻いて持ちます。右手で要の部分を握り、先端がやや斜め上になるような形になるように、左手で中間やや上を支えます。親指は扇の上にそっと置く感覚で、残りの四本の指で支え持ちます。

その他思いつくままに

 
 以上、思いつくままに書き散らしましたが、上述のようにこの礼法が完全なものでは決してありません。別の家にはそれぞれの礼法があるでしょう。また宮中における儀礼式は当然ながらはるかに厳密です。要は常識的な礼儀をわきまえていれば必要十分なのが公家の日常礼法です。ここが幕藩体制を固めるために必要以上に固定化された武家礼法と異なる点と言えるでしょう。 ここで公家の礼法の一端をご紹介したのは、あくまでも装束着用時に無理のない動作をすることが目的ですから、礼儀作法の細かい部分は省きました。これをもって公家の正式な礼法とは考えないで下さい。また神社関係の祭式作法とは多くの面で異なることをご承知置き下さい。


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